なぜ、それほど効き目を感じてもいない薬を私たちは飲み続けるのでしょうか?
東京・国立で鍼灸院を営んでいる私はそれがずっと疑問でした。
最新テクノロジーの導入により、医療現場でもデジタル化が進み、検査の精度は格段に高まりました。がんをはじめとする、さまざまな疾病に対して治療法は格段に進化しました。数十年前、がんは不治の病という認識でしたが、今では早期発見ならば治癒することも珍しくありません。その一方、腰痛や肩こり、不眠症、頭痛など慢性的な痛みを抱えている人、疲れが取れない人、原因不明の痛みやしびれに悩まされている人……と、さまざまな症状で苦しんでいる人たちは増え続けています。
なんとなく体調が悪い、だるい、頭が重い。めまいがする、足元がふらつく。でも病院に行って検査をしても、どこにも悪いところは見つからない。このように心身の不調を感じているのに原因が特定できない症状、訴えのことを〝不定愁訴〟と言います。
不定愁訴がみられる原因は、慢性疲労症候群、逆流性食道炎、起立性調節障害(立ちくらみ、息切れ、失神など)、うつ病、パニック障害、眼圧亢進(目の神経が圧迫されること)、舌痛、難聴、頭痛、IBS(過敏性腸症候群)、不安神経症など多岐にわたります。また、更年期障害、PMS(月経前症候群)でも不定愁訴があらわれますが、これらに苦しむ女性も増えていると感じます。
おかしいと思いませんか?
医療はどんどん進化しているのに、こうした疾患や症状に悩む人の数は減っていない。病院に行って検査しても原因がわからない。そこで、表に出ている症状をやわらげるために薬を処方してもらったり、マッサージをしたり、温泉に行ったり……。一時的に症状が緩和・改善することはあっても、それらは対処療法であり、再び症状があらわれて、なかなか治らないのが現状です。
さて、私がこの本を書かねばならない理由は、まさにこの現状を何とかしたいと思ったから。私が日々行っている鍼治療がこの現状に光を当てることができると信じているからです。
私は1日に50〜60人の患者さんに鍼治療を行っていますが、前述した疑問にずっと立ち向かってきました。その答えを求めて一心不乱に鍼を打ってきました。そして、一つの結論に達しました。それは「鍼治療は原因不明の症状や体調不良に悩んでいる人に極めて有効である」ということです。
まさに、現代医学の盲点がここにあります。
何十万本、いや、何百万本と鍼を打つなかで私が得た感触はおそらく真実です。ですから、私はこの真実をみなさんに明かすために本を出すことにしたのです。
私が最も多く鍼を打つのはどこかというと、首です。
首コリは現代人を苦しめる痛み、さまざまな不快な症状の素になっています。そのことに鍼師でさえまだ気づいていない人が多い。首コリこそが「盲点」なのに。
本書は、首コリ=盲点となっている痛み・不調の根本原因〝トリガーポイント〟に焦点をあて、大胆にまとめたものです。膨大な経験値と解剖学、西洋・東洋医学的アプローチの末に、私が見出した真実を述べることにします。
トリガーポイントについては詳しく後述しますが、わかりやすく言うと筋肉疲労などが原因となって筋肉・腱・骨の接合部に形成され、痛みの引き金となっている「しこり」です。
鍼先が直接トリガーポイントにヒットすると、患者さんは未体験のズーンとした鈍い響きを感じます。この治療を繰り返すことで長年の慢性痛や不定愁訴から解放される患者さんがたくさんいます。この「ズーン」をより多くの人に体感してほしいのです。
大袈裟ではなく、首コリの本質に迫る本を世に送り出すのは、鍼師である私の使命だと考えています。私は「人事を尽くして天命を待つ」存在ではなく、「天命を信じて人事を尽くす」存在でありたい。そんな覚悟を持って本を出すことに決めました。
私が指針とする福沢諭吉の言葉
「盲目社会に対するは、獣勇なかるべからず」これは私が深い感銘を受けた、福沢諭吉の言葉です。
長く続いた封建社会の価値観が崩壊し、近代国家へ向けて歩み出した日本。諭吉は「先の見えぬ世だからこそ、獣の勇気を持て」というメッセージを明治時代の日本人に向けて発信しました。
獣は、明日どうなるかを考えない。
獣は、昨日の失敗を悔やまない。
獣は、今この瞬間を生きている。
当時、いきなり西洋文化のシャワーを浴びることになった市井の人々は戸惑ったことでしょう。着物から洋服へ、草履から靴へ。衣食住だけでも混乱することが山ほどあり、先は見えないし、不安だらけ。でも時代が大きく変わろうとしていることだけはわかる。諭吉はその様子を「盲目社会」と表現したのだと思います。そして、野獣の心をもって、なりふりかまわず生きろと。
平成から令和にかけて、社会は大きく変わりました。特にデジタル化によって仕事や暮らしを取り巻く環境は一変したと言ってもいいでしょう。情報はインターネットで取り放題。スマホ1つで何でも完結する生活。こんな時代だからこそ、見過ごされるものがあると私は考えます。その1つが「首コリ」です。首コリは数値化・映像化できません。そこが盲点となるのです。
諭吉の言う〝獣の勇気〟が私を奮い立たせてくれたのです。今、自分が気づいていることを書かなければならないと。
トリガーポイント治療によって痛み、苦しみ、悩みから解放される人が増えれば、その人の日常はとても快適なものになるでしょう。鍼治療がかつてないほど求められる時代になりました。私のこの思いがみなさんに届くことを切に願って、まえがきの言葉といたします。
令和六年 神無月吉日
院長 小沢 国寛