院長のプライベートコラム

院長のプライベートコラム
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この度は国立おざわのホームページをご覧頂き
ありがとうございます。

この度は国立おざわのホームページをご覧頂き ありがとうございます。

鍼治療という専門職の強いホームページの為、少し砕いて【素の自己紹介】を出来ればと思いプライベートページを作成致しました。

出身地。

私は兵庫県芦屋市に生まれました。父が某ビール会社勤務のサラリーマンだった為、その時代の転勤時に社宅がありました芦屋で生まれた…というだけ。(記憶はほぼゼロでございます)祖父(98歳で他界)は国立市の谷保出身。祖父は8人兄弟だった為、谷保には小沢という苗字の親戚が多いです。国立駅が出来る前に現在の治療院(本院)がある土地を買い、私の父が生まれました。親子三代国立は地元でございます。私は生まれて5歳位の頃に芦屋から国立に戻ってきたので、国立は超・地元。30年以上住んでいます。

幼少期。

泣き虫幼稚園児だった私を見かねた両親が6歳の時、空手道場に放り込みました。当時の空手道場と言いますと(ここでは書けない位)…に厳しい現場で、そこでも泣いて帰る日々。涙にも色々な種類があるもので、お陰様でメンタル面では強く成長する事が出来ました。偶然にもその道場は空手道の世界チャンピオン2名が開設した道場で、稽古も厳しいのですが精神面でも【守破離】を学ばせて頂きました。当時の道場は『道』の精神を教わるには十分な現場であり、その道場では19歳まで空手道に邁進しておりました。鍼の世界に入り稽古の時間も取りにくくなりましたが、23歳位まで稽古をしておりました。患者様への気遣いなど、少し『武』を感じてしまうかもしれませんがこれも私の【素】でございます。現在は息子が空手を習っているので時々府中まで行き一緒に稽古させて頂く事もあります。

この土地で何か事業を始めたい。

高校の頃から将来を考えるようになり「この土地を活かして何か事業を始めたい」と思うようになりました。初めは『よし、医学部受験!』と思いましたが学力が及ばず浪人を経験。浪人時代、普通は学業に専念する所です。…が、なぜかフリーな気分になってしまった私はサボりにサボります。ある時、サボり中にコンビニで雑誌を見ておりますと『鍼治療・東洋医学』といった言葉が私の脳に突き刺さります。武道をやっていたからでしょうか、『これが私のやりたい事!』と東洋医学に突き進むことを決断します。

学びたい一心でアポなし訪問。

鍼治療学生時代…になる前に東洋医学の学校へ手ぶらでアポなし訪問。『これからの鍼治療の未来について教えて下さい!』と質問しに行きました。その時に未熟な質問に応えてくれた先生は後々知りますが書籍も出している有名な中医師。『土台を大きく作りましょう。その土台に立つものはブレず、大きいものになります。』そう教えてくれました。単純な私は感動し、『願書下さい』と告げ、手ぶらだった右手に未来を持って帰ります。この事がキッカケで、将来的に遼寧中医大学へ特別研修に行く事になります。行動から起こる経験。昔からストリートスマートだと自己認識しています。

トリガーポイント治療との出会い。

入学後、東洋医学には様々な治療法がある事を知ります。『出来る限り様々な治療法を知って、自分自身がずっと続けていける、手に合う技術で開業する』それを目標にして学びました。途中、骨・靭帯・関節・骨格筋・リハビリテーションなどなどの知識を更に深めたいという事で国立駅近くの柔道整復師の国家資格が取得できる学校にダブルスクールしました。様々な治療法を経験し、色々な事を学んでいく中で『トリガーポイント治療』というのは鍼による響きの感覚が、自分の身体が治っていく感覚に感じます。その時の感動体験が、当院のコンセプトとなる「鍼の力に感動してほしい」の始まりです。私自身空手道時代が長かった為、首が悪く、実際にトリガーポイント治療を受けますと『あ、そこが悪い場所!』という『認知覚』を感じました。痒い所に手が届くトリガーポイント治療は鍼先をポイントに当てていく鍼治療技術に特化している為、『追求するにふさわしい鍼治療技術である』と考え、現在も学び続けています。

待合室

教わり・教えていくことの大切さを知る。

『院長はどこかで修行されたのですか?』と、よく聞かれます。修行と言いますと知り合いの院を見学させて頂いたり、他院でも『無給でいいので研修させて下さい!』と50件ほど回りました。当然断られる所が大半ですが時に『OK!』と言ってくれる所もあります。本当にありがたいと思いました。今思えば、その時の経験が学ぶことと同時に、後輩に伝えていくことの大切さも教えてくれ、現在の国立おざわのスタッフ教育につながっているのだと思います。

ベッド一台の治療室でスタート。

研修させて頂く中で、ちょうど祖父が経営するアパートの一室が空きました。祖父に『開業したいからアパート一室貸して下さい!』と言い、2007年1月24日に原点が誕生します。これが『おざわ荘治療室』。ベッドは2、3台置く事は出来ましたが、1対1の対応を学ぶ為にあえてのベッド一台で開業する事にしました。駅前でビラ配りや夜間に走りながらポストインなどもしました。引き寄せでしょうか。不思議と患者様との出会いが多くなります。ベッド1台の治療室は当時23歳の若者でしたが鍼治療に対するアツい想いだけで1年で予約が満員になりました。

親子三代の思いが詰まった治療院へ。

祖父の身体が弱り(実家の隣に住んでいた。当時96歳)、『一緒に住むか』となった時、ちょうど父の退職と重なります。これを機に『日本でイチバンの鍼治療院を作りたいから協力して下さい』。そんな一言で実家を1件・祖父の家を1件・小沢荘のあったアパートを2棟解体しまして現在の治療院をつくりました。祖父の大切にしていた植木が沢山あったのですが、『お前の夢の為ならば』と建築に賛成してくれました。現在の治療院は親子三代の思いが詰まった場所。私は小沢の三代目。治療院を開業してからの初代です。『土地は3代で…』という言葉がありますが、これは私が高校時代に『この土地で事業を始めたい』と思ったキッカケでもあります。祖父(頑固爺さん)は『土地ってのは3代で無くなっちまう事が多いんだ。』とよく言っていました。なので自分のプレッシャーにもなる様、『この土地に仕事を作る』という決断をしました。今では良い決断だと思っています。

当院の診察券

ちょうど開業時に国立駅舎が高架工事の為に一時解体される…という事になりました。国立愛が強い為、私が気に入っている風景画の画家の方に『診察券にこの絵を使わせて下さい』とお願いを致しまして昔懐かし国立駅舎の風景画を使用させて頂いております。

出会う人たちから成長のエネルギーをもらう。ストリートスマート

当院HPはおざわ荘時代から通院して頂いている元気なトライアスロンおじさんが、出会って10年後に実は有名なWEBデザイン会社の社長だと知り(仕事とかあまり聞かない)…で、お願いしたものです。『自分の鍼治療を受けてくれていた人が作ってくれたら、これから出会う患者様にも一番思いが伝わるのでは…!』と考えたからです。 今まで沢山の社員達にも会いました。患者様から成長させて頂く部分もありますが、社員達から成長させてもらうキッカケも多くあります。社員は全員が国家資格を所持しており、『これから開業するぞ』『鍼治療技術を学ぶぞ』という熱があります。その熱を感じながら1日を過ごしておりますと、私も社員教育にも熱が入ります。開業した社員達とも交流を続けておりまして、お互いに率先垂範して盛り上げていこうと常々語り合っています。出会いは引き寄せ。出会いには一つの無駄もないと思います。

『ちゅら』さん

ページトップの写真にもありますが、動物が好きで『ウィペット』という犬種の中型犬を飼っております。ウィペットはイギリスのドッグレースの犬で、鞭(ウィップ)の様に走る事からそんな名前が付きました。(らしい)時速60キロで弾丸のように走ります……が性格もあるのでしょう。彼女(名前は『ちゅら』と言います)は小さな頃からのんびりで、散歩も嫌がるのほほ〜んとした性格。残念ですが2015年に足の病気になりまして手術。しかし今でも三本足で年相応元気に過ごしてます。もうすぐ17歳のご長寿犬でございます。

趣味の話で恐縮ですが...。

空手道以外にも趣味が多々あります。 クルマ・時計(手巻き)・ゴルフ・釣り・(お酒) バイクは今まで8台ほど乗り継ぎましたが開業や社員を抱える身となってからは乗る機会は無くなりました。アメリカンバイクが好きで、マニアな部門ではKawasakiのバルカンドリフターなどを乗りました。ハーレーダビッドソンは将来白ヒゲ・革ジャンをセットに似合うようになる年齢になりましたら必ず乗ります。

タイヤが付いたものは病気的に好き

これは鍼では治らないのですが、タイヤが付いたものが病気的に好きです。我々世代は車に興味がない年齢と言われるのですが車は永遠のテーマ。クルマ好きな先輩方からは『絶滅危惧種』と言われております。車が好きな人ならわかると思いますが、車高が高い車に乗りますと、車高が低い車を求め始め、、、そしてまた…と繰り返します。たくさん車を乗り継ぎましたがハイブリッドや電気自動車が出る中、永遠と燃費が悪い車に行きついてしまいます。やはり車らしい車が私は好きです。

モータースポーツにも挑戦中!

しかし車に乗るという時間もあまり無く、年間3000キロ走って『今年はよく走ったなぁ』と言えるくらい。逆に燃費効率は良いかもしれません。 レーサーの患者様がおりまして、そのきっかけでモータースポーツも行います。御殿場にカートを一台所有しておりまして、年に2,3回(少ない)位はサスペンションの無いカートで地べたを120キロで走ります。時にサーキットへ行く事もありますが、サーキットで250キロ出すのも良いですが、カートで120キロ出す方が速度感があるものです。カートのドライビングテクニックは日常の運転でのとっさの判断などにも非常に役に立ちます。

ゴルフ道にもハマってます。

ゴルフは人生の先輩方と一緒に楽しめるスポーツ。スコアが悪い時・調子が悪い時・調子が良くてもスコアが良くても調子に乗らないその感情。そんな理由でゴルフは10年続けています。(なかなか上手くなりませんが)。これまた行けて月1回。その1回でいかに楽しむかを考えています。(2018年度平均スコアは88)最近はゴルフを始めたスタッフもおりまして、一緒にラウンドしています。

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